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東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)77号 判決 1975年12月17日

原告

(ロンドン市)

ランク・ゼロックス・リミテッド

右代表者

ロバート・アーサー・リーヴ

右訴訟代理人弁護士

(亡)

中松澗之助

外二名

弁理士

大塚文昭

外一名

被告

特許庁長官

斎藤英雄

右指定代理人

戸引正雄

外一名

主文

特許庁が昭和四六年一月九日同庁昭和四〇年審判第五一三九号事件についてした同年四月二六日、昭和四一年九月二八日、昭和四四年一月二八日、同年一〇月二二日及び昭和四五年七月二七日付補正の各却下決定をいずれも取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は本訴請求の原因として次のとおり述べた。

(特許庁における手続)

一、原告は名称を「静電子映像形成方式」とする発明につき、昭和三七年四月二四日特許出願をし、昭和四〇年四月二六日付手続補正書により明細書の全文を補正(以下、第一補正という。)したが、同年五月二七日拒絶査定を受けたので、同年八月九日これに対する審判を請求(同年審判第五一三九号事件)し、その審判係属中、昭和四一年九月二八日付手続補正書により明細書の一部を、昭和四四年一月二八日付手続補正書により明細書の全文を、同年一〇月二二日付手続補正書により明細書及び図面の各一部を、さらに昭和四五年七月二七日付手続補正書により明細書の一部を順次補正(以下、日付順に第二ないし第五補正という。)したところ、特許庁は昭和四六年一月九日右各補正をそれぞれ却下する旨、主文第一項掲記の決定(以下、右補正の順に第一ないし第五決定という。)をし、その各謄本は同年三月二〇日原告に送達された(なお、これに対する出訴期間について三か月が附加された)。

(決定の理由)

二、第一ないし第五決定はそれぞれ第一ないし第五補正をもつて、本願発明の願書に当初添付された明細書(以下、原明細書という。)及び図面(以下、原図面という。)に記載された事項の範囲を超え発明の要旨を変更するものであるとして、特許法第一五九条、第五三条の規定により却下すべきであるとするが、その理由は第三決定において次のように示され、その余の決定において援用されている。

(一)  第三補正の明細書によれば、特許請求の範囲第一、二項記載の「感光体」は導電性支持体を有する三層構成のものも含むものと認められるが、原明細書にはその記載がない。

もつとも、原明細書第一七頁第一行目に「裏付けの基板12」(第五頁第四、五行目によれば、12の指称するものは「伝導性物質である基板」である。)とあつて、あたかも導電性支持体の記載があるかに見えるが、原図面中、第六ないし第九図によれば、これに対応する符号は13(原明細書第九頁第一行目によれば、13の指称するものは「ガラスのごとき絶縁物からなる裏付けの基板」である。)となつているから、そのうち、いずれかが誤記と認められる。しかるところ、原明細書中に記載の「基板」は第一補正によつて「背面部材」と補正され、第二補正によつてこれに対応する符号を12から13に補正されたが、第三補正の明細書によれば、背面部材13は必ずしも必要としないものであるから、当然、絶縁物であるとみるべく、またこれらの補正経過から見て、出願当初から基板は絶縁物であることを意図していたものと認むべきである。したがつて、原明細書には実質的には導電性支持体を有する感光性部材の記載はなかつたものと認める。

(二)  第三補正の明細書によれば、特許請求の範囲第一、二項の記載中「露光させかつ電圧を印加する」ことは、像露光と静電荷の付与とを同時に行う工程を含むものと認められるが、原明細書にはその記載がない。

なお、原告(請求人)は像露光と静電荷の付与とを同時に行うステツプを含む三つのステツプからなるプロセスが原明細書(第二三頁第五行ないし第二四頁第二行目)に記載されている旨を主張し、第三補正の明細書に記載の「一つのそのような変形においては、陽対陽の方法は光導電層だけにおいて発生される電界とともに始まる。」(第一二頁第一四行ないし第一三頁第一行目)というのはその主張の第一ステツプに該当するが、これに対応する原明細書の記載は「このようにある一変化においては、正から正への過程が光導性の層のみにおいて生じた電場にて定まる。」(第二三頁第七ないし第九行目)となつていて、第一ステツプを示すものではなく、全プロセスの完結の状態を示すものと認められる。そして、文章構成から見て、原明細書における全プロセスの構成は「これは、光導性の絶縁層を設けた板を均等に照明する間に、その板に電場を供することにより達成できる。」(第二三頁第九ないし第一二行目)との記述にあるものと認める。

原告(請求人)は第二ステツプが原明細書(第二三頁第一四ないし第一八行目)、特に「交流コロナ放電等により塗布物を不伝導的に中性にして映像に当て」(第一五、一六行目)に記述されている旨を主張するが、その第一四行目に記載の「この方法」とは構文上、上述のプロセスを指すものであり、また、第三補正の明細書第一三頁第四ないし第六行目においては「この方法での光導電性絶縁体の帯電は」の次に「米国特許第二九五五九三八号明細書に記載されている。」が挿入されているため、「この方法」に始まる文節とその次の「交流コロナ放電」に始まる文節とが別個の文章に属するのと異なり、原明細書において「この方法」と「交流コロナ放電」とは構文上、一個の文章に属しているところからすると、上記の「交流コロナ放電等により塗布物を不伝導的に中性にして映像に当て」というのは文脈上その前に置かれている「この方法」云々の句の説明と解され、「この方法」(原告主張の第一ステップ)に次ぐ第二ステツプの記述とは解しえない。

また、原告(請求人)は原明細書中、右文章から「交流コロナ放電」と「映像に当て」との二つの表現を摘出して第二ステツプの操作の内容をなすものとし、「映像に当て」を光像露光の意味に解するのに不合理はないと主張するが、原明細書全体を通じて、光像露光という操作を意味する語としては「照明」、「照射」、又は「感光」が使用され、「映像」なる語は光像露光という操作の源となる原板の模様又は光像露光の結果形成される荷電模様を意味するものとして使用されている。そして、原明細書中、上記のように「この方法」から「映像に当て」までの文章においては光導性絶縁層の荷電が主語、「映像」は間接目的語となつている以上、この文章が「この方法による光導性絶縁層の荷電は交流コロナ放電等を映像部に当てることにより達成すること」及び「交流コロナ放電は塗布物を不伝導的に中性にすること」の二点を含むものと解することは不可能でなくても、「映像に当て」を光像露光の意に解し、全体として第三補正の明細書に記載の「この方法での光導電性絶縁体の帯電は、米国特許第二九五五九三八号明細書に記載されている。像に露光させ、その際例えば交流コロナ放電によつて被覆を誘電的に中和させ」(第一三頁第四ないし第七行目)と同一の内容を表現したものと認めることはできない。

次に、原告(請求人)はその主張を補強するのに原明細書第二三頁第一九行ないし第二四頁第二行目の説明を引用するが、その文章は原告(請求人)自認の技術用語の誤訳も加わつて、全体として文意が不明であつて、原告(請求人)のいう同時方法の効果を示しているものとは認められない。

原告(請求人)の「交流コロナ放電」と「光像露光」との順序関係に関する主張は原明細書の当該部分に光像露出について何ら言及されるところがないと認められる以上、採用することができない。<以下略>

理由

一前掲請求原因のうち、本願発明について、その出願から第一ないし第五補正を経て、第一ないし第五決定の成立、謄本の送達に至る特許庁における手続及び決定の理由に関する事実は当事者間に争いがない。

二そこで、まず、第三決定について、原告主張の取消事由があるか否かを判断する。

(一)  第三決定の理由(一)について

1  第三補正の明細書における特許請求の範囲第一、二項記載の「感光体」が導電性支持体を有する三層構成のものを含むものであることは原告の自認するところである。これに対し、成立に争いのない甲第二号証(原明細書及び原図面)によると、(1)原図面中、第六ないし第九図には、いずれも14、11及び13の符号が付された三層からなる感光板が示され、特に、第六図の右各符号の左側にはそれぞれ「転写板」、「光導電性絶縁層」及び「基板」と注記され、また基板13の下部にはアース記号が付されていること、(2)原明細書第一六頁第一〇行ないし第一七頁第五行目には、原図面の「第六図ないし第九図は、本発明のさらに異なる実施例を示したものである。本実施例においては、絶縁層は、永久に光導性の絶縁する表面に接着せしめるものである。(中略)静電子模様は、上記第三図ないし第五図における実施例に関して説明したと同様の方法で光導性の絶縁層から絶縁膜の表面に転写する。第六図のものにおいては、すべて前述したように、裏付けの基板12の上に感光性の絶縁層11を有している。31は、光導性物質を塗布した乾操写真用の映像部にして、該部31の永久に光導性の絶縁層11の塗布部上面には、塗料による転写板14がある。」との記載があることが認められ、これらの記載を総合すれば、原明細書には原図面中、第六ないし第九図の実施例として、絶縁層(転写板)14、光導性の絶縁層11及び裏付け基板13の三層よりなる電子写真感光板か示され、しかも、裏付け基板13は導電性のものであることが十分表現されているということができる。もつとも、右(2)に認定の原明細書の記載では、「裏付けの基板12の上に感光性の絶縁層11を有している。」とされ「裏付けの基板」の符号が12となつているが、原図面(甲第二号証)中、第六図には、符号12は全く存在しないうえ、右(1)に認定のような記載があることに鑑みると、原明細書中、裏付け基板の符号の12は13の誤記であることが明白である。

2  第三決定は原明細書に「ガラスのごとき絶縁物からなる裏付けの基板」との記載があることをもつて基板が絶縁物であることの根拠の一つとし、原明細書(甲第二号証)第九頁第一行目にその記載があるが、それは第三図の実施例の説明の一部であることが明らかであるとともに、第一図の説明中には「伝導性物質である基板12」(第五頁第四、第五行目)、第五図の説明中には「伝導性裏付部」(第一〇頁第一二行目)との各記載があるから、これを併せ考えると、第三図の説明にすぎない「絶縁物からなる裏付けの基板」との記載が当然第六ないし第九図の実施例にも妥当するとは解することができない。これに関連して、被告は明細書においてはその作成の基準として同一符号が同一部材を表示するという通則がある旨を主張するが、仮に、そのような通則が認められるとしても、現実に出願された明細書について符号と部材との対応関係をどう解釈するかは自ずから別個の問題である。

そのほか、被告は第三補正の明細書の記載等を挙げて、基板(背面部材)が絶縁物であると解すべき所以を主張するけれども、すべて原図面中、第六図に明記されたアース記号の存在を疎かにする独自の見解に基づくものであるから、いずれも採用することができない。

(二)  第三決定の理由(二)について

1  前出甲第二号証、成立に争いのない甲第三号証の一(第一補正の明細書)、同号証の三(第三補正の明細書)及び第四号証によると、本願発明の課題は電子写真形成方法において感光体の光導性絶縁層(光導電層)からその上に接合した絶縁層の表面に静電潜像を形成する改良工程を提供することにあるが、第三補正の明細書における特許請求の範囲、特にその第二項に表現される右工程の構成は第一に光導電層及び絶縁層を有する感光体を帯電させ(一次帯電)、第二に像に露光させかつ電圧を印加する(像露光と二次帯電)、第三に感光体表面を一様に照射する(全面照射)という三段階からなることが認められ、右第二の段階が像露光と静電荷付与とを同時に行う工程を含むものであることは原告の自認するところである。

2  ところで、第三決定は右工程を「プロセス」その第一ないし第三の部分をそれぞれ第一ないし第三ステツプと称しているので、その用語を籍りると、本件の争点はプロセス中の第二ステツプが原明細書に記載されているか否かにあるが、前出甲第二号証によると、原明細書第二三頁第五ないし第一八行目は次のような文節から成つている(ただし、原文は連続して一節をなしているが、記述の便宜上、節を分ち、各節に見出しの符号を付した)。

A 第六ないし第九図によつて説明した操作作用は一例であつて、それぞれの目的のため種々の方法が行われる。

B このように、ある一変化においては、正から正への過程が光導性の層のみにおいて生じた電場にて定まる。

C これは光導性の絶縁層を設けた板を均等に照明する間に、その板に電場を供することにより達成できる。

D 照明が取り除かれ電場が断たれたとき、電荷は光導性の層には存在するが、塗布したものには存在しない。

E 1この方法で光導性の絶縁層を荷電することは、2交流コロナ放電等により塗布物を不伝導的に中性にして映像に当て、3そこで板を全面的に照明することは、4引延ばし得る静電子潜像を形成する。

そして、原明細書のその余の記載、第三補正の明細書中、右文節に対応する記載を参酌すると、右文節は以下のように解明することができる。すなわち、

(1) 右文節のうち、Aにおいては原明細書第一六頁第一〇行目以下に説明されている原図面の第六ないし第九図の電子写真感光板に種々の操作方法がある旨が述べられ、B以下の記述はその一方法であることが理解される。

(2) 次に、B、C及びDは第三補正の明細書第一二頁第一四行ないし第一三頁第四行目に記載された「一つのそのような変形においては、陽対陽の方法は光導電層だけにおいて発生される電界とともに始まる。これは、板を一様に照明している間に被覆された板をよぎつて電界を加えることによつて遂行される。照明が除去され次いで電界が遮断されるときに、電荷は被覆中ではなくて光導電層中に存在している。」に対応するものであつて、その意味内容上、いずれも第一ステツプに関する記述であるが、そのうち第一ステツプの操作そのものはC(第三補正の明細書においては、「これは、板を一様に照明している間に被覆された板をよぎつて電界を加えることによつて遂行される。」)において説明され、第一ステツプの完結によつて実現された状態はその前後の部分において説明されているものと解される。

被告は第三補正の明細書中、「一つのそのような変形においては、陽対陽の方法は、光導電層だけにおいて発生させる電界とともに始まる。」との記載が第一ステツプに関する説明であることを認めながら、そのうち「電界とともに始まる。」との記載とこれに対応する原明細書の「電場にて定まる。」との記載との差異を強調して、B及びCは第一ステツプではなく、全プロセスの記述である旨を主張し、確かに「電場にて定まる」という記載はその意味内容のニユアンスからして、第一ステツプに関する記述としてやや適切を欠く感がしないではないが、そうかといつて、「定まる」という用語がBにおいて被告主張のように「ある状態が完結、確定した」という以外の解釈を全く許さないものとは考えられないばかりでなく、B及びCには第一ステツプ以外の部分(例えば、像露光)の記述がないから、被告の右主張は採用することができない。

(3) 次に、E1はその冒頭にいう「この方法」がB、C及びDで説明された第一ステツプの操作を指すことが明らかであるから、第一ステツプに関する記述であることは疑いがない。

(4) 次に、E2の内容は、「交流コロナ放電等により」、「塗布物を不伝導的に中性にして」及び「映像に当て」の三つに分けられるが、「塗布物を不伝導的に中性にして」というのは、「交流コロナ放電等」によつて生じる現象を表わすものであつて、E2には結局、「交流コロナ放電等」と「映像に当て」との異つた二操作が記述されているものと解され、原明細書第一六頁第一〇行ないし第二三頁第四行目の記載を参酌しながら、E2の記載とこれに対応する第三補正の明細書の「像に露光させ、その際、例えば交流コロナ放電によつて被覆を誘電的に中和させ」との記載と対照すると、両者は「コロナ放電」の記載がある点において共通し、また、前者の「映像に当て」の記載は後者の「像に露光させ」の記載と同一内容のものと認められるので、表現上、各操作の順序に相違はあつても、いずれも同じ機会に像露光と二次帯電の二操作が行われる第二ステツプが記述されているものと解することができる。

第三決定はE123とこれに対応する第三補正の明細書の記載との構文上の差異に基きE2はE1の説明であつて第二ステツプの記述ではないとする。しかし、E1234を通じて文脈が整わず、何らかの文宇の誤記あるいは脱漏があるのではないかと思わせるものがあるが、その記載に特定の技術内容が示唆されているか否かの観点からすると、文脈不整備にかかわらず、E2にはE1の説明でなく、第二ステツプの示唆があると解するのに何ら妨げはないのである。

また、被告は原明細書における「映像」その他の用語例について主張するが、被告の挙げる用語例はいずれも決定的な用法といえないから、E2にいう「映像に当て」をもつて光像露光の意味に解しえない材料とするに足りない。

(5) 最後に、E3はその内容から第三ステツプの操作を示したことが自明であり、また、E4はその内容上、Aから始まる文節のしめ括りとして、第一ないし第三ステツプの実施により所期の静電子潜像が形成される旨を記述したものと解することができる。

(6) これを要するに、原明細書中、AないしEの記載、特に、B、C、D及びE123には第二ステツプが第一及び第三ステツプとともに開示されているというべきである。

(三)  そうだとすると、第三補正の明細書における特許請求の範囲に記載の「導電性支持体」及び「像露光と静電荷付与を同時に行う工程」はともに原明細書に記載されているというべきであるから、その記載がないとして第三補正をいわゆる要旨の変更であるとした第三決定の判断は誤りである。

三次に、第一、第二決定及び第四、第五決定がそれぞれ第三決定の理由を援用して、対象とする各補正を同じく要旨変更であるとしたことは当事者間に争いがないところ、第三決定の判断は前述のとおり誤りであるから、これを援用する各決定の判断も、すべて誤りであるというほかはない。

四よつて、第一ないし第五決定を違法であるとして、その取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(駒田駿太郎 中川哲男 橋本攻)

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